たばこに放射性物質が含まれているそうですが…

たばこには放射性物質が含まれているそうです。

一番有名なのは2006年、ロシアの元情報部員アレクサンドル・リトビネンコ氏の不審死で検出されたポロニウム210です(これについては、日本禁煙学会が緊急声明を発表しています)。

さらには、3月11日の東日本大震災による福島第1原発事故で飛び散ったセシウムも葉たばこから微量ながら検出されており、日本たばこ産業(JT)が2011年9月に検査結果を公表しています(社内暫定基準値はすべてクリアしているそうです)。

たばこと放射性物質…。確かに由々しき問題ですが、この件に関していえば、私は、たばこが毒物だという警鐘を鳴らす社会的な効果は大きいと思いますが、いざ喫煙者に禁煙させるための動機としては弱く、場合によっては逆に「だからたばこを愛す」という逆効果を生むのではないかと危ぶんでいるのですが、ご自身であれば、どう考えますか?

意地になってたばこを吸う恐れ

たばこが精霊と会話するための薬として重用されていた古代アメリカならいざしらず、現代の喫煙者は、たばこが健康を害することを十分承知で吸っている方が大半ですよね。それでもたばこを吸い続けているのは、脳が喫煙する理由を作り出して、喫煙を正当化しているからだと思います。

  • 「集中力が増す」
  • 「眠気覚ましになる」
  • 「イライラが収まる」
  • 「落ち着く」

などなど、私も経験がありますが、吸い続けるためなら、とことん、もっともらしい理由を並べ立てるのが喫煙者です。本当はただのニコチンの枯渇なのですが、脳の神経回路を支配されているので、たばこが「安らぎと至福の時を与えてくれる」と思い込むようプログラミングされた状態ということでもあります。

このような「だから私はたばこを吸うのだ」という意思決定がちょっと厄介なのが、「やるといったら最後までやり抜こう。そうじゃないと半端者になってしまう」という人間の習性(一貫性の追求)と結びつきやすい点にあります。

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友達や家族、同僚、そして自分を含めて「たばこは毒だが、この毒は自分に必要な毒なのだ。分かってくれ」という、露悪的な開き直りの境地にたどりつく危険があります。

この境地まではいかなくても「毒であるたばこを吸えるなんて、俺ってワルだろ?!」という安っぽく子どもっぽい自己演出に使われる場合もあるかもしれません。この心理には、たばこという毒が持つ恐怖に打ち勝つ姿を作ることで、自分の強さを証明したいという顕示欲も含まれていて、「たばこをやめるのは落伍者。かっこわるい」という誤った認識で、事態をより複雑にしてしまいます。

必要なのは「脅迫」ではなく「理解」

プログラミングされてしまった「たばこ脳」には、放射性物質という禍々しくタイムリーな危険物質を突きつけられれば突きつけられるほど、「より強固な喫煙し続ける理由」が必要になってきます。身体レベルでは本人も毒性を理解しているので、自己矛盾を抱えながらの正当化です。こうなると意地です。必死です。重度のニコチン依存症であれば、攻撃的な口調でたばこの正当性をまくし立てるかもしれません。あるいは泣き出してしまうかもしれません。

私は、たばこ脳に必要なのは「脅迫」ではなく「理解」だと思っています。もちろん、病気や発がん性物質や放射性物質などのリスクを知っておくことは
大事です。大事ですが、それでもなお「たばこに依存する心」を見つめ直して、プログラミングを解除していく方がもっと重要だと思いませんか? 

たばこをおいしいと感じていますか?

吸えないとどう困るのでしょう?
本当は、もうたばこは要らないのではないですか?

少しずつたばこ脳が解きほぐされ、1人でも多くの方が禁煙できますように。

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